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■「恋人」 8/1〜9/30/2002
■「至福」 10/1〜3/31/2003
■「お悩み相談BBS」
■「再会」
■手記「私がノーベル文学賞を貰った日」
■「母からの手紙」
■小説 「たけおとまりこさん」 第一回
■小説 「たけおとまりこさん」 第二回
「星一家、それぞれの秋」 
■続「星一家、それぞれの秋」 
 

恋人

2003117


                
「もしもし、お母さん」
「和美か。あんた今どこ?」
「アパート」
「まだ東京かいな。いったい、いつ帰ってくるの?もう紅白で美川さんが出る時分やから心配してたんやで」
「・・・お母さん、私、今年は帰省しない」
「何やねん、いきなり。お父さんもあんたに会えるの楽しみにしとんのに」
「あかんねん」
「何があかんねん。理由を言いなさい」
「・・・」
「言えんのか?」
「とにかくあかんねん」
「だから、何があかんねん。さっぱりわからんがな」
「・・・」
「和美、聞こえてるんか?」
「お母さん、私ね・・・」
「何?」
「私・・・」
「だから何?」
「・・・好きな人、おるねん」
「ほんまに」
「一緒に暮らしてるねん」
「結婚したいの?」
「・・・うん」
「・・・そうかいな。で、その人もいっしょに大阪来られんのか?」
「私は行きたいんやけど・・・」
「その人が来とうないの?」
「・・・」
「それはしかたないな。・
・けど、どんな人やの? しっかりした勤め人?」
「・・・」
「和美、はっきり言いなさい。さっぱりわかれへんがな」
「お母さん、その人ね・・・」
「・・・まさか、あっちの方の人やないやろな」
「あっちって」
「あっちやがな、あの変な宗教の・・・ポアとか・・・」
「(ため息)オウムと違う」
「ほな、こっちの方か?」
「こっちって?」
「ほら、外国の船に乗ってきて、人の頭に袋かぶして・・・」
「(ため息)北朝鮮工作員と違う」
「ほな、そっちの方か?」
「そっちて?」
「ほら、『赤い彗星』の異名をとるエースパイロット。実はジオンの創始者ジオン・ダイクンの息子であり、戦場で名をあげてザビ家に暗殺された父の復讐を果たすことが目的だとかいう・・・」
「(ため息)シャアと違う」
「ほな、いったいどんな人やねん。・・・あっ、そろそろ美川さん出てくるで。お父さん、録画してや。いや、小林幸子はどうでもええねん。美川さんだけ」
「あのなあ・・・もしもし、お母さん、聞いてる?」
「はいはい」
「・・・その人、歩かれへんねん」
「病気か?」
「・・・足が・・・ないねん」
「事故で?」
「生まれつきやねん・・・ほんでな、手もないねん」
「どっかで聞いた事あるな、そんな人」
「胴体もないねん」
「・・・頭もか?」
「ないねん」
「ほな、何があるねん?」
「・・・モニタ」
「・・・他には?」
「C
PUとキーボードとマウス」
「機種は?」
「デュアル867MHz brower
PC G4」
「OS は?」
「X」
「メモリーは?」
「256MB 」
「ハードディスクは?」
「60GB Ultra ATA」
「光学式ドライブは?」
「コンボドライブ DVD-ROM/CD-RW」
「モデムは?」
「 56K内蔵」
「・・・そうかいな」
「一年ほど使ってて、私は全然そんなつもりやなかってんけど・・・前から私の事好きやったって、先月ダイアログボックスで告白されて、私もだんだん・・・」
「そうか・・・まあ、仲良うしなさい」
「認めてくれるの?」
「反対してもしょうがないやろ」
「ありがとう。・・・お父さん、元気?」
「いや、最近調子悪うてな、ウイルスのせいかと思って心配してるんや」
「先生には診てもろたんか?」
「先生も最近あてにならんよって」
「最新版のノートン先生に診てもらわなあかんで。最近のウイルスはたちが悪いよって」
「お父さんも頑固であかんわ。そろそろバージョンアップしたいのに、未だに9でええ言うて替えさせてくれへん。ゼイゼイ言いながら毎日起動しとるわ」
「動いとったらええやん」
「それがしょっちゅうクラッシュするんや。(小声で)もう5歳で年やし、そろそろガタが来る頃や」
「大事にしたってや。大切な機械やさかい」
「分かってる」
「私な、ホントのこと言うて、今のお父さんの方が人間のお父さんよりずっと好きやわ」
「前の人は暴力ふるうさかい、随分私もあんたもひどい目におうたな。(小声)こう言ったらなんやけど、5年前にあの人が急に逝ってくれたおかげでほんまに助かったわ」
「(小声)けど、なんでマック使うてて感電なんかしはったんやろ。今思うても不思議やわ」
「あんまり難しく考えん方がええで。世の中、不思議な事だらけやさかい」
「そうやな・・・あ、私、そろそろ彼の所に戻らんと。彼、すごい焼き餅やくねん。この間なんか、一日ほっといただけで、そこら中に私の名前でウイルス・メール出しやんねん」
「(笑)マックはみんなそうや。お父さんも同じや」
「(笑)ほんまにかなわんわ」
「私もそろそろお父さんとこ戻らんと・・・強い電磁波送ってはるわ。ほな和美、元気でな、彼氏とええ正月迎えや」
「ごめんな、彼の事かくしてて。お父さんと同じやて、何か言いにくかったんやわ」
「わかってる」
「お父さんによろしい言うといて」
「あんたも今度東京行ったら、彼に紹介してな」
「うん」
「ほな、良いお年を」
「お母さんも、良いお年を」
「和美」
「何、お母さん」
「モニタの上、なでるようにゆっくりマウス動かしたりや。クリックも間隔おいてチクッとしてあげると気持ちええみたいやで」
「(笑)わかった」
「力まかせにダブルクリックしたらあかんで。痛いそうやから」
「わかったて」
「ほな、さいなら」
「さいなら、お母さん」
 

 

 


 第26回嘘競演出品作品、お題『恋』

 




至福



200
3
1月12



4ヶ月ぶりに彼と会った。

前見た時よりずっと元気そうで顔色も良かった。
私は平静を装ってたけど、内心は期待してた。
彼も私の様子をチラチラうかがってるみたいだった。
案の定、二人で向かい合った途端、彼の両手がいきなり私の腰に伸びてきた。
私は抵抗したけど、彼は離してくれない。
彼は私を持ち上げるようにして両腕で抱えこんだ。
互いの顔が間近になり、荒い息づかいが聞こえた。
ぴったり合わさった胸から熱い鼓動がもろに響いてきて、気が遠くなりそうだった。

突然、私の頬に彼が高揚して真っ赤になった頬をこすりつけてきた。
剃り残した髭跡がチクチクして痛い。
懐かしいローションの臭いが鼻にツーンときて、
濡れた唇が私の唇にあと1cmの所まで近付いてきた。
・・・キス? まさか・・・でも・・・ 
私は自分の心と反対に、思わずいやいやをした。
彼は無理強いしなかった。・・・残念。
その後しばらく、私たちはお互いの体をただギュッと抱きしめ合っただけ。
嬉しかったけど、すごくはがゆくて、どうにかしてくれないの?なんて思った。

どのくらいそのままでいたのか覚えてない。
私を抱いていた彼の腕に力が入って、
彼が私を押し倒すようにして私たちは同時に床に倒れこんだ。
彼の体重を全身に感じながら、
私は彼がそのままの姿勢で、一生抱きしめていてくれないかなって思った。
そんな事を願う自分が恥ずかしくて、目を閉じたままだった。
彼の激しい息づかい以外、他に何も聞こえなかった。


思いきって目を明けた時、彼の体は私の上になくて、力強い手だけがそこにあった。
私がその手にすがりつくと、彼は私を自分の方へぐいと引き寄せた。
私は思わず期待して彼を見上げた。
でも、彼はさっさと私の手を振り放し、後ろずさりしてその場にしゃがみこんだ。その目はもう私を見ていなかった。
私は黙って膝の埃を払い、軽く会釈をしてその場を走り去った。
走りながら、涙があとからあとから不思議なほど溢れてきた。
側にいた人たちが、私の裸の背中を馴れ馴れしく叩くのがたまらなくイヤだった。


 
その時、遠くから行司が彼の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

たかっち・・・また来場所、会えたらいいね。(はぁと)
 

 

 
第26回嘘競演出品作品、お題『恋』
 
 
 


 


 お悩み相談BBS

2003118


 

タイトル・インデックス                                     ------------------------------------------------------------

1 : いくら誘っても夫は背を丸めて寝たふりばかり。欲求不満がこうじて不眠症です。(団子虫)<11> 2 : 妊娠してから夫が美味しそうに見えてしかたありません。お腹の子に栄養をつけるために夫を食べても罪にならないのでしょうか?(蟷螂夫人)<50> 3 : 6年間の引きこもりから出た途端、ホテルに誘われました。彼は短い命だからとせかすのですが決心がつきません。 (油蝉・処女)<90> 4 : 血のついた口でキスを強要されるのがイヤ。(蚊女)<22> 5 : 夜になると台所を徘徊する亭主にうんざり。(油虫)<12> 6 :すぐにネオンに向かってフラフラと飛んでいくので目が離せません。(蛾)<24>  7 :道路工事に夢中で家庭を省みない夫。(蟻)<43> 8 : 偏食の夫が心配。(アリクイ)<60>   9 : グータラ亭主。顔やしぐさが可愛いだけで他に何の取り柄もありません。(猫)<120>  10: ボールを追いかける子供っぽいはしゃぎ様にウンザリ。物を食べる時ペチャペチャ音をたてるのもイヤ。(犬妻)<200> 11: 癇性な性格の夫。料理を食べる前に水洗いするので困っています。そのくせ食器は洗ってくれません。(アライグマ) <88> 12: 巨乳マニアの夫がイヤ。(牛)<416>  13:やりすぎでしょうか?目の回りにクマができて取れません。(狸)<36> 14: パイプカットされてから女性化したようで心配です。(犬男)<76>  15: 燃えるような:恋をしました。でも彼女は春まで待てと言うのです。。・゚・(ノД`)・゚・。(朝日が黄色く見える猫男・童貞)<224> 

-------------------------------------------------------------

 

 第26回嘘競演出品作品、お題『恋』

 

 


再会

2002年10月24日

(JR新橋駅前で)
「田中じゃないか、久しぶりだな! 俺だよ、佐藤だよ。いつアメリカから帰ったんだ? 随分長く会ってないぞ。とりあえず飯でも食おう。ウナギは食べれるか? すぐそこに良いウナギ屋があるんだ。山田も呼ぼう。あいつ来れるかな・・・(携帯電話で)『山田、お前出れるか? 田中が来てるんだ。行けるか? よし、じゃあ待ってる。新橋の鰻春だ』」

「・・・」

(二人店に入る)
「日本は20年ぶりだそうだが、日本語はしゃべれるか? ははは。そのジャケットはアメリカ製か? その年でさり気にそういうのが着れるのか、いいなあ。向こうでは日本のテレビ番組とかも見れるのか? へえ。しかし日本での仕事に戻りたいって聞いたが、アメリカの仕事は辞めれるのか? お前は何気に言うが、仕事ってのは、今の日本じゃなかなか探すのも大変だぞ。 ・・・何? 俺の日本語がおかしい? さり気に変な事言うなよ。てか、お前仕事が忙しくて疲れてるんじゃないか? 夜は良く寝れるのか? お、おい田中! どうしたんだよ? どこへ行くんだぁ!」

「・・・ら抜きは」

「え?」

「・・・『なく』が『に』になるのも・・・俺」

「田中、お前・・・そうだったのか」

「・・・駄目なんだ」

「田中、俺が悪かった」

「・・・」

「泣く事ないさ」

「・・・」

「気にするなって、涙を拭けよ(ハンカチを差し出す)」

「・・・」

「わかったよ。すぐに呼んでやるよ。(携帯電話で)『もしもし、ら君ですか? お久しぶりです。友達が会いたいって言うんですが、出て来れますか? 忙しい所すいません。新橋の鰻春です』」

「・・・」

「呼んでやったぞ、ら君」

「・・・」

「わかったよ。なく君も呼んでやるよ。(携帯電話で)『あ、なく君でいらっしゃいますか? 君に会いたいって言う友達がいるんですが、来れますか? わざわざすいません。新橋の鰻春です、はい』」

「・・・」

「あ、早速、ら君となく君が来たぞ。(お辞儀する)長いことご無沙汰しております。以前はいろいろとお世話になりまして。(田中に)じゃあ最初からやりなおしだ。いいか?」

「・・・はい」

(JR新橋駅前で)
「田中じゃないか、久しぶりだな! 俺だよ、佐藤だよ。いつアメリカから帰ったんだ? 20年は会ってないぞ。とりあえず飯でも食おう。ウナギは食べられるか? すぐそこに良いウナギ屋があるんだ。山田も呼ぼう。あいつ来られるかな・・・(携帯電話で)『山田、お前出られるか? 田中が来てるんだ。行かれるか? よし、じゃあ待ってる。新橋の鰻春だ』」

「・・・」

(二人店に入る)
「日本は久しぶりだそうだが、日本語はしゃべられるか? ははは。そのジャケットはアメリカ製か? その年でさり気なくそういうのが着られるのか、いいなあ。向こうでは日本のテレビ番組とかも見られるのか? へえ。しかし日本での仕事に戻りたいって聞いたが、、アメリカの仕事は辞められるのか? お前は何気なく言うが、仕事ってのは、今の日本じゃなかなか探すにも大変だぞ。 ・・・何? 俺の日本語がおかしい? さり気なく変な事言うなよ。てか、お前仕事が忙しくて疲れてるんじゃないか? 夜は良く寝られるのか? お、おい田中! どうしたんだよ? どこへ行くんだぁ!」

「・・・てか」

「それも駄目なのか?」

「・・・」

「(ため息)それじゃあ、今の日本じゃ生きていけないぞ」

「・・・」

「泣くなって」

「・・・ごめん」

「あ、山田が来た! おーい山田、ここだよ! 遅かったじゃないか」

「めんごめんご、お、田中、おひさし〜! いやーホント、また会えてチョー嬉しッス! ってかアメリカ帰りだって? スッゲー、ってか俺なんて無理。余裕で行けねぇッス。アヒャッ(・∀・)! ・・・ってか田中、何で泣いてんの?」

 

 

 

 


手記「私がノーベル文学賞を貰った日」

 
 
2002年10月21

  「スウェーデン王立アカデミーは現地時間12日午後1時、2002年度のノーベル文学賞を日本から山本直美さん(33)が授与すると発表しました。日本人作家では川端康成、大江健三郎氏に続いて三人目の栄誉。尚、アカデミーは山本さんの授賞理由を、『普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品である』としています」

 寝ぼけ眼で猫のボケに餌をやり、焦げたトーストに味付け海苔を挟んで囓っていると、テレビのニュースが耳に飛び込んで来た。山本直美? どっかで聞いた事のある名前だと思ってよく考えてみると、自分の名前だった。字も同じなら年まで同じだ。そんな名前の作家がいるとは知らなかった。同い年なのにすごいなあ、どんな作品を書いてたっけ?

「・・・山本さんの受賞対象となった作品は、『悲しい涙の慟哭』、『私は猫になりたい』、『そんな政夫に惚れました』です」

 どこかで聞いた事のあるような題名ばかりだ。よく考えてみると自分が5年ほど前、突然の作家熱に浮かされて書いた駄作と同じだ。どこの文学賞の一次にも通らず、がっかりして押入れの段ボール箱に突っ込んだ作品ばかりだ。偶然とは言え不思議な事もあるもんだ。

「・・・尚、山本さんは大阪市東住吉区出身で現在、東京都内の山田物産総務課にお勤め。杉並区阿佐谷二丁目20番地「青空荘」一階、風呂なし六畳一間にお住まいという事です」

「・・・」

 突然、この『山本直美さん』が自分の事だと気がついた。ノーベル賞を取ったのは私だったのか・・・。 すっごーい、アタシも結構やるじゃん、エッヘン・・・と言いたい所だが、いったいこれはどういう事だろう? 今まで書いた作品は全部ボツで、どこに発表した覚えもない。友人や家族にさえ見せた事がないのに・・・と考え始めたその時だった。アパートのおんぼろドアが激しくノックされ、開けた途端、十数人の男女がマイクやテレビカメラを片手に六畳一間のアパートになだれ込んで来た。

「山本さん、ノーベル賞受賞おめでとうございます!」

「今のお気持ちを一言!」

 フラッシュがパシパシ光り、眩しくて目を開けていられない。化粧もせず、パジャマの上にガウンをはおったままだというのに。おまけに頭にはカーラーが六つもついたままで寝癖の悪い前髪が垂直におっ立っている。この顔が明日の新聞の一面に載るのだろうか・・・。

「どうか今のお気持ちを一言!」

 テレビのワイドショーでよく見るレポーターたちが目の前でニッコリ笑い、いっせいにマイクを突きつけて来た。その後ろにはテレビカメラも20台くらい並んでいる。仕方がないと諦め、はれぼったい寝起きの顔のままでカメラに向かってニッコリ歯を見せて笑ってみた。チラッとテレビを横目で見ると、笑顔の自分が毛穴までくっきりの大アップになって映っている。しかし何だろう、あの前歯の上の黒い物は? やだ、さっき食べた海苔が貼り付いてる。これじゃ歯抜けの婆さんだ。何とか舌でせり出さなきゃ・・・。必死で舌で前歯を探っていると、レポーターの一人が大声を出した。 「山本さん、どうか今のお気持ちを一言お願いします!」

 よく見ると、去年、歌舞伎俳優との不倫で世間を騒がしたアナウンサーの槍間章子だ。テレビでは結構若く見えるが、間近に見るとやっぱり四十路。化粧がベットリと厚塗りで口元の皺が目立つ。大きな白い歯は全部差し歯だ。

「・・・これはドッキリカメラか何かでしょうか?」

 私がやっとそう聞くと、レポーターたちがドッと笑った。槍間章子もおかしくて我慢できないという表情でホホホと笑った。

「とんでもない、違いますよ。ホントに山本さんがノーベル文学賞をお取りになったんですよお!」

「でも・・・」

と言いかけた時に電話が鳴った。受話器を取ると大阪の母親からだった。

「あんた、いったい何したん?!」

朝からえらい剣幕だ。

「何もしてへんけど」

15年近く東京にいるのに親と話すとつい関西弁になってしまう。

「何もしてへんのやったら、何でノーベル賞みたいなもん取るねん?!」

「知らんがな。うちかてさっきテレビで聞くまで知らんかってん」

「ほんまかいな。いや、うちにも朝から大勢テレビ局の人が詰めかけて、お父ちゃんと二人でキモつぶしてるんやで」

いったい何がどうなっているのやら。母親は続けた。

「だから、はよ仕事諦めて、さっさと結婚しい言うたやろ。33にもなってノーベル賞みたいなもんもろたら、ますます縁遠くなるんとちゃうか」

「知らんがな、そんなこと」

そこで母は声を潜めた。

「・・・あんた、まさか、親に黙ってヤラシイ小説書いたんとちゃうやろな?」

「何言うねん、朝から」

うちの母は異様に想像力が逞しい。

「・・・官能シーンだけは書いたらあかんで。キスまでにしとき。子供に見せて恥ずかしいような話だけは書いたらあかん」

「お母ちゃん、もうやめて。人が聞いてるで」

ふと気がつくと、電話の会話も含めて、すべてがテレビカメラに二元中継されている。回りのレポーターやカメラマンが体を小刻みに震わせて笑いを堪えている。

「とにかく、そんなアホな賞みたいなもんもろてんと、さっさと大阪帰って嫁に行き。お父ちゃんもそう言っとった」

「わかった」

「ほんまにわかっとんのか。あ、そうそう、さっき市長さんから電話があって、あんたを『大阪名誉市民』にしたいて言うとったわ」

「・・・ほんま?」

開けてびっくり玉手箱だ。

「断っといたから心配せんでもええ。そんなもんになったら縁遠くなる一方やからな」

「・・・」

 やっと母親が電話を切った。槍間章子はおかしくて我慢できないという表情で再びホホホと笑い、「愉快なお母様でいらっしゃいますね」と言った。ふと気がつくともう8時半を回っている。大変だ。急がないと会社に遅れる。その時、電話がリーンと鳴った。再び受話器を取ると何と総務課の川本課長からだった。

「やまもとく〜ん、おめでとう!」

普段は不機嫌な仏頂面でネチネチ嫌味を言う奴が上機嫌だ。声まで明るく変身している。

「課長、何か変な事になってて今日遅れるかもしれません」

「いや〜気にせんでいいから、しばらく有給で休みなさい。しかしノーベル賞とはたまげたねえ。いや、前から優秀な女性だとは思ってたけど。いつまでもコピー取りやお茶くみばっかりさせてて悪かったね、すまん」

なんだ、こいつ、気色悪い。

「いや〜さっき社長とも相談したんだがね、君にはもう10年勤めて貰ってるし。ここで思い切って女性初の役職待遇になってもらおうかって思うんだ」

「・・・はあ?」

「会社側としても社員にノーベル賞受賞者が出るのは、大変な名誉なんだよ。昇級の他に報奨金も考えてるから。まあ君もこれから授賞式やなんかでスウェーデン行ったりして忙しくなるだろうが、たまには出社してくれたまえよ、ははは」

川本課長は別人のように爽やかに笑って電話を切った。この会話もテレビ中継されていたに違いない。槍間章子はそんな私を見て、おかしくて我慢できないという表情で再度ホホホと笑った。私はここらで一番聞きたかった事を聞いてみようと思った。

「・・・あの、私の受賞作品なんですけど」

「はい?」

「『悲しい涙の慟哭』、『私は猫になりたい』、『そんな政夫に惚れました』なんですけど、いつ本になったんですか? 5年前にボツになって押入れに突っ込んだ記憶しかないんですけど」

槍間章子はおかしくて我慢できないという表情でしつこくホホホと笑った。

「あれまあ山本さん、どうされたんですかあ? 処女作『悲しい涙の慟哭』は98年に初潮社から発売され、日本のみならず世界52カ国で翻訳された大ベストセラーですよ。『私は猫になりたい』と『そんな政夫に惚れました』も幻春社から99年と2000年に出てベストセラーになり、映画化もされてます」

 ホントだろうか? だったらどうして自分の記憶にないんだろう・・・。そんなに売れてたら何で未だに六畳一間に住んでるのか・・・。その時ふと思った。そうだ! これは全部夢なんだ! なーんだ。私は安心して吐息をついた。しかし随分ひどい夢だ。人をバカにするにもほどがある。さっそく私は自分の頬を思い切りつねってみた。

「痛い〜っ!」

しみるほどに痛かった。涙が出てきた。しょっぱい。ほんま物の涙だ。槍間章子はそんな私を見て、おかしくて我慢できないという表情で相変わらずホホホと笑った。私はさらに質問を続けた。

「・・・貴方は私の本、『悲しい涙の慟哭』、読んだんですか?」

槍間章子は飽きもせずホホホと笑った。

「もちろん拝読しましたわ。素晴らしい御本で、本屋に走って同じ本を5冊買いました」

「具体的にどう思いました?」

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品で御座いましたわ」

さっき聞いたテレビと同じ事を言っている。

「・・・『私は猫になりたい』と『そんな政夫に惚れました』も読んだんですか?」

「もちろんですわ。素晴らしい御本で、本屋に走って同じ本を10冊ずつ買いました」

「どうでした?」

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品で御座いましたわ」

 全部同じじゃないの。『悲しい涙の慟哭』は純文学で、『私は猫になりたい』はティーン向けのホラーコメディ、『そんな政夫に惚れました』はSFファンタジーのはずなのに。私は槍間章子の背後に立つカメラマンにも同様の質問をしてみた。答えはやはり、「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品っす」だった。

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品だっちゃ」

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品でごわす」

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品ぞなもし」

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品だべ」

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品、イズントイット?」

「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品、マンセー」

 どのレポーターやカメラマンに聞いても、語尾以外は判で押したように全部同じ答えだった。私は頭痛がしてきた。いったいこの人たちが読んだのは本当に私の作品なのか。槍間章子はそんな私を見て、おかしくて我慢できないという表情で繰り返しホホホと笑いながら言った。

「ではこちらから質問しますが、受賞対象となった作品、『悲しい涙の慟哭』、『私は猫になりたい』、『そんな政夫に惚れました』について、ご自身ではどうのような感想を持っていらっしゃいますか?」

「・・・」

「山本さん?」

「・・・普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品でございます・・・」

多勢に無勢。他に何と言えよう。槍間章子はそんな私を見て、おかしくて我慢できないという表情で死ぬほどホホホと笑った。

 しかし、ノーベル文学賞ってのは何が貰えるんだろう? だんだんと興味がわいてきた。

「あの、槍間さん」

「何でしょうか」

「・・・ノーベル文学賞ってお、お金・・・貰えるんですか?」 

槍間章子は生き返ったようにホホホと笑った。

「もちろんです。賞金は900万クローナ、日本円で約一億円です」

い・ち・お・く・えん! 私は卒倒しそうになった。これでローン地獄から脱出できるぞ。一億円かあ、すごいなあ。会社なんて辞めてやるぞ、バカ課長めが。もう地味に結婚なんかしないで、金髪のビーチボーイを侍らしてマダム・デヴィ2号になろう。だんだん嬉しくなってきた。まずスウェーデン行って賞状とお金を貰い、それからクイーンエリザベス号で世界一周豪遊をしながら日本に戻ろう。それから阿佐ヶ谷駅前に2DKのマンションを買うんだ。東芝のお掃除ロボットも買おう。親にも五万くらいならやってもいい・・・。

「山本さん?」

槍間章子が不思議そうに私を見ている。まずい。ついうっとりと妄想してしまった。ははは。

「こちらからご質問なんですが、一億円の賞金で何をなさりたいですか?」

ふむ。良いご質問だ。考えるより先に口が動いた。

「そんな大金私には無用です。身よりのない貧しい子供たちに全部寄付します」

何でこんなウソを・・・。

「素晴らしいですね。さすがは普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品を書いた方だけあります」

槍間章子が感激したようにホホホと笑いながら言った。トホホ・・・。もうその言葉は聞きたくない。さっさと金だけくれ。

 

 私がスウェーデンに旅立ったのは、それから二ヶ月後だった。出発までの毎日は気が狂いそうに忙しかった。雑誌やテレビの取材に始まり、首相との会見、皇居での天皇皇后両陛下との祝賀会、出身大学からの名誉博士号授与とそのセレモニー、杉並区からの区民栄誉賞授与、阿佐ヶ谷商店街からの名誉買物客賞授与、出身高校から幼稚園、老人ホームから商工会議所、某カルト宗教団体まで私に講演を依頼してきた。

 しかし受賞対象となった作品、『悲しい涙の慟哭』、『私は猫になりたい』、『そんな政夫に惚れました』については、誰に聞いても「普遍的価値を備え、厳格な洞察と創造的な語り口による作品云々」以外の感想は出てこなかった。

 出版されたという本にも公開されたという映画にも出合う事はなかったが、私はもうそんな事にこだわらなかった。「ノーベル文学賞受賞」という既成事実さえあれば、本の一冊や二冊出版されなかったとしても人生に大した違いはない。なにしろ私は日本にたった三人の「ノーベル文学賞受賞者」なのだ。これさえあれば川本課長が私に「イカズ後家」とイヤミを言う事もないし、リストラされる恐怖もない。お茶くみやコピー取りからも解放され、ピチピチ青年秘書付きの重役室を与えられた。八百屋で大根を選んでも、「さすがはノーベル文学賞受賞だね、目の付け所が違う」と店の親父に褒められる。母親でさえ最近は結婚しろと私を責め立てる事がなく、次は官能小説でも書いてみたらとそれとなく助言したりする。長年住んだ六畳間ともお別れして、頭金後払いで阿佐ヶ谷駅前にマンションも買った。銀行も笑顔で三十年ローンを引き受けてくれた。みんな「ノーベル文学賞受賞」のおかげだ。

  十二月十日、ストックホルムで行われた授賞式では、他の国々から総勢9999名のノーベル文学賞受賞者と出会った。一億円を私を含めた一万人で分けると聞いた時は驚いたが、計一万円あれば一ヶ月は食いつなげるから文句は言わない事にした。すべては「ノーベル文学賞」のおかげだ。ノーベルさん、本当にありがとう。センキューソーマッチ!

 

 

 

 


母からの手紙

2002年10月13日

孝子、元気で暮らしてますか?

お母さんも孝子が東京に行ってしまって毎日寂しいけど、(;_;)

お父さんと二人で元気に暮らしています。( ^^)/\(^^ )

東京は田舎と違って物騒だから、戸締まりには注意して

たとえお巡りさん( ̄∀ ̄)でも、信用して部屋に上げてはいけま

せん。(-_-;)

XX新聞の勧誘員が来たら、洗剤だけもらって

「もう○○新聞と契約しちゃったんだ」と言いなさい。(* ̄m ̄)プッ 

○○新聞の勧誘員が来たら、巨人戦の切符だけもらって

「もうXX新聞と契約しちゃったんだ」と言いなさい。( ̄▽ ̄;A フキフキ・・

ヤクルトの勧誘員が来たら、「ビフィズス菌を取るとヒトゲノム

の遺伝子解析が核分裂するから」と言いなさい。(≧∇≦)ブァッハハ!

雪印の牛乳屋の勧誘員が来たら、

「まだ死にたくないから」と言いなさい。(*×m×)ウグ・・・ 

隣近所の人とも礼儀正しく誠意を持ったお付き合いをしなさい。

でも深入りしてはいけません。m(_ _)m

右隣の一人暮らしのお婆さん(〃゜▽゜〃)がお総菜を分けてくれたり

親切なのは、お前に妙な気があるのかもしれません。(´ヘ`;)ウ・・

左隣の小指のない頬に傷のある叔父さん(`_´メ)も身なりは立派で

すが、広島弁のなまりが強いので宅急便を預かって貰わない方が

無難です。(-_-;)

友達も、男の子にはくれぐれも気をつけて部屋に入れないようにしな

さい。m(_ _)m

よく雑誌とかで読みますが、最近の男の子は女の子の部屋に入ると

すぐにパンツを脱ぐそうです。(・・;)ドキ・・・

もしそんな事が起こったら、股間に蹴りを入れなさい。

(ノ ̄д ̄)ノ・‥…━━━★ ビシッ!

ピョンピョン跳ねて逃げていくそうです。******≫))))(/_x)/キャーッ

処女膜は嫁に行くまで大事して破れないように注意しなさい。(-_-;) 

用心のために宅急便で鍵付きパンツ送ります。(/▽\)ハズイ

必ず使いなさいよ。(-_-;)

 

さて\(・_\)その話は(/_・)/こっちに置いといて・・・

お父さんがとうとうパソコン買ってくれたんで す。_(^∀^)ノ彡ウヒ〜♪

二人共ヤフーのメンバーになって、毎日出会い系サイトをロムして

若い人たちとチャットしています。♪(* ̄TT ̄*)鼻血

おかげで随分顔文字が打てるようになりました。(* ̄TT ̄*)鼻血

お父さんはまだあんまりブラインドタッチができませんが、(▼▼)

お母さんは一分間に100文字打てます。(* ̄ ^  ̄)エッヘン

ヤフーに12MBのフリースペースをもらったので、今HP

も作成中です。((( ̄( ̄( ̄∀( ̄∀ ̄)∀ ̄) ̄) ̄)))

ジャバのプログラムはよくわからないけど、?(゜_。)?(。_゜)?

CGIとフラッシュはかなり上達しました。(* ̄ ^  ̄)エッヘン

 

・・・トイレに行きたいので、今日はこのへんで終了。(ノ ̄д ̄)ノ ‖WC‖

孝子からもう一年も電話がありませんが、生きてたら連絡して下さい。

お母さんが毎日うるさく手紙を書くのは孝子の将来を思っての事です。

どうか親心を分かって下さい。(_ _ヘ)☆\( ̄д ̄*)ピシピシ

お父さんも、孝子も20歳になったんだから、一緒にお風呂に入ろう

なんて言わない、下着も勝手に部屋から持ち出さないと言っています。

(* ̄TT ̄*)鼻血  (*T_T*)

では、また会える日が来るのを楽しみにしています。                                   

 

                                 母より

 

PS・(*^ー^)ノ☆。・:*:.・★,。・:*:.・☆タカコチャ元気デネ〜♪--パパより

 

 



小説 「たけおとまりこさん」 第一回

2002年10月2日


 たけおは35歳になる会社員だが、これまで女性とデートした経験が皆無という童貞青年だった。まりこさんは26歳。女子大の理学部を卒業した後、母校の研究員として働き、やはり男性の手さえ握った事がないという天然記念物的処女だった。見合いはある秋の日の午後、都内某ホテルで双方の両親立ち会いの元で行われ、二人は言葉もろくに交わさなかったが、初対面から互いを好ましく思っていた。

 

 たけおとまりこさんは見合いの後、電話で初デートの約束を交わし、一週間後の日曜日の午後、さる有名な料亭の座敷で食事をする事になった。メニューはトビ魚の刺身とけんちん汁、牡蠣フライに湯豆腐、カボチャのポタージュという不思議な取り合わせだった。

 清楚な白地の訪問着を着たまりこさんは、たけおと目が合うと頬を染め、恥ずかしそうにうつむいて刺身にかぶりついた。たけおは緊張でがちがちになって湯豆腐をまる飲みしながらも、自分の中でおどろおどろした妄想がムラムラと膨れ上がって行くのを押さえる事ができなかった。たけおの妄想の中で、まりこさんは一糸まとわぬ真っ白な豆腐になり、グツグツゆだった鍋の中でネギや昆布、鰹ぶしと自由奔放にたわむれているのだった。

たけおの妄想の中で、豆腐のまりこさんは、「あ、あ、あ、」とあえぎ始めた。

 

「あ、あ、あ、」

ふと気がつくと、たけおの目の前にいるまりこさんも、頬を染めて切なそうにあえいでいるではないか。たけおはもう我慢ができなかった。彼の本能が理性をうち破り、大勝利を納めた。 たけおは立ち上がり、まりこさんの○○○をいきなり鷲掴みにして○○○した。

まりこさんは驚いて、

「○○○は○○○! でも○○○○○!」

と大声で叫んだ。しかし、たけおはもはや普段のダサくてのろまのカメではなかった。

「ぼくが○○○○、だから○!○!○!」

たけおはまりこさんの体を羽交い締めにして後ろから○○○した。まりこさんは大喜びで泣き叫んだ。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜○○○○○○○!!!!」

 

 

 

そして・・・

 

まりこさんはハァハァあえぎばがら、汗ばんだ手でノドの奥にひっかかったトビ魚の骨を引っこ抜いた。

「取れましたか?」

たけおは聞いた。

「ええ」

まりこさんは恥ずかしそうに頷いた。

そして食事は続いた・・・

 

 

 


小説 「たけおとまりこさん」 第二回

2002年10月9日

 食事がようやく終わった後、たけおはまりこさんと近くの公園を散歩した。夕暮れ時だった。たけおは緊張で言葉がなかなか出てこなかった。まりこさんもうつむきがちでたけおと目が合うと、あわてて伏せるのだった。

「まりこさん、1+1は幾つでしょう?」

 何とか実のある会話を始めようと焦ったたけおは、突然まりこさんに聞いた。何とバカな質問を・・・言った後たけおは自己嫌悪に陥った。しかしまりこさんは頬を染めながら、

「2です・・・」

と答えた。たけおは感動した。何と素直な女性だろう。

「245+983は幾つでしょう?」

たけおは思わず次の質問をした。まりこさんは頬を染めながら、

「1228です・・・」と間髪入れずに答えた。

鋭い・・・たけおは両手の指を折って暗算しながら内心驚いた。しかし顔に出さずに次の質問に移った。

「まりこさん、では1484x3403÷3は幾つでしょう?」

「1683350.6667です・・・」

まりこさんは一呼吸もおかずにそう答えた。あっているのか・・・?たけおに分かるわけもない。しかしまりこさんは賢い人なんだ。たけおはひたすら感動していた。次の質問に移った。

「円周率は・・・」

「3.1415965358979323846264338327950288・・・です・・・」

「地球から月までの距離は・・・」

「平均距離384401km、最近距離356400km、最遠距離406700km です・・・」

「おたまじゃくしの親は?」

「カエルです・・・」

「赤のリトマス試験紙が青くなったら?」

「アルカリ性です・・・」

「伊東に行くなら」

「4126です・・・」

「エンゲージリングは」

「給料の3ヶ月分です・・・」

 できる・・・たけおはひたすら感動していた。しかし顔に出さずに次の質問に移った。何がたけおにさせるのか聞いた事もないひどく難しい数学用語がスラスラと口から滑り出てきた。

「制御変数に不等式拘束条件が課された場合の最適制御問題についてですが、状態方程式: dx(t)/dt=v(t), dv(t)/dt=u(t) 状態量の初期(t=0)条件:x(0)=x0, v(0)=v0状態量の終端(t=tf)条件: x(tf)=0, v(tf)=0制御変数の不等式拘束条件: 0.5Amax≦|u|≦Amaxで上記の条件を満たし、かつ次式で表される評価関数を最小とする制御変数uを求める場合は、どうしたら良いでしょうか?」

「ポントリャーギンの最大原理を用いる事が可能です。制御変数に対する不等式拘束条件が |u|≦Amax、つまり、u=0で表される問題で評価関数:J=∫[0,tf] {(1/2)*(u^2)}dtで回答がでると思います・・・」

  まりこさんは頬を染めながら一呼吸もおかずにそう答えた。

あっているのか・・・? たけおに分かるわけもない。しかし、たけおの男としてのプライドはまりこさんにこう告げていた。

「理数系はまあまあできますね。じゃあ今度会った時は文学・歴史のジャンルに入ります」

「分かりました」

まりこさんは耳まで真っ赤に染めながら頷いた。

二人は一週間後、再び食事の約束をした・・・

 

 

 


「星一家、それぞれの秋」 

2002年1111日


 昭和36年、下町のオンボロ長屋の六畳一間--ヒビだらけのスリガラス戸を開けるとコンクリートのたたきがあり、靴を脱ぐと、もう座敷だ。玄関ホールも廊下もない。すべてが丸見え、声も隣近所に筒抜け。それが星一徹と二人の子供たち、明子と飛雄馬の住処だった。「プライバシー」という言葉はちまたで流行っていたが、このうちのどこにもなかった。風呂もなかった。親子は三、四日に一度、銭湯に通った。汲み取り式の便所はあった。しかし、どこにあるかは誰もはっきりと言う事ができなかった。

 父子は一徹を挟んで川の字になって眠り、朝になると煎餅布団を片づけ、折り畳みのちゃぶ台の足を広げて食事をした。小学四年の飛雄馬は毎日学校から帰ると座敷に座り込んで左手奥の壁穴に向かい、表の一本杉とキャッチボールをした。六年生の明子は長屋の共同井戸で水を汲み、六畳の脇にある小さな流しで総菜を作った。

 一徹が酒を飲まない夜、親子は夕食の後、裸電球の下でガーガーピーピーと雑音だらけのラジオにかじりつき、落語やドラマ「赤銅鈴之介」を聞いた。新聞は取っていなかったが、事件はたいていご近所から伝わって来た。世間では「上を向いて歩こう」「スーダラ節」が大流行し、皇太子家に浩宮様がご誕生になって、一年になろうとしていた。

「明子」

ある夜、一徹はすり切れた畳の上に改まった表情で正座をし、明子を呼んだ。

「なあに、お父さん?」

明子は夕食の片づけ物の手をやすめて三歩歩いて一徹のそばに座った。ちゃぶ台で大リーグボール養成ギプスと格闘しながら宿題をしていた飛雄馬も、一徹の方を見た。今夜の父はいつもとどこか違っていた。一徹は横目で飛雄馬をチラリと見、思い切ったように顔を上げた。

「明子、お前幾つになった?」

「12よ、お父さん。先月が誕生日だったじゃない」

いぶかしげに明子は答えた。

「・・・あ、あれは・・・来たのか?」

明子は不思議そうに一徹を見た。父はいったい何を言おうとしているのだろう? 一徹は耳まで真っ赤に染まっていた。明子はこんな父を見るのは初めてだった。

「・・・あれって?」

明子はまっすぐに一徹を見た。

「・・・メ、メメ、メ・・・ンス」

そう言うと、一徹は力が抜けたようにガクッと肩を落とした。

「なあに、それ?」

明子がそう言うと、一徹はびっくりしたように顔をあげた。

「みっ、民主主義のぎっ、義務教育ではメッ、メンスの教育もせんのか・・・」

さらに不思議そうに明子は一徹を見た。

「メンスってなに、お父さん? もっとはっきりと言ってちょうだい」

一徹はため息をついた。

「・・・メンスとはな、明子・・・げっ、げげっ、月経のことじゃ」

「月経って?」

「・・・月経とはな、女の子が明子くらいの年になると、始まる物じゃ」

「何が始まるの?」

「そうだよ、父ちゃん。もっとはっきり言えよ」

宿題をしていた飛雄馬も興味深そうに口を挟んだ。一徹は冷や汗が出て、全身が小刻みに震えた。

「女の子は12歳くらいになるとな、毎月一週間ほど、子宮から血が出るのじゃ」

一徹はやっとの思いでそう言った。

「子宮ってなあに?」

明子が聞くと、一徹はいきなり立ち上がり、腹巻きの下のステテコの股を指さした。

「ここにあるのじゃ!」

「えっー?!」

飛雄馬は目をまん丸く開いてのけぞった。

「・・・心配するな、飛雄馬。子宮があるのは女だけじゃ」

飛雄馬はのけぞりから立ち直り、一徹は再びキチンと正座をした。

「子宮から血が初めて出るのを初潮と言ってな、大人になった印なのじゃ。だからお祝いとして赤飯を炊くのじゃ」

「ふーん。私が炊くの?」

明子は人ごとのように聞いていた。実は去年、女生徒対象の初潮説明会があったのだが、居眠りをして全く記憶に残らなかったのだ。

「お前が嫌なら、わしが炊いてもよい。とにかく、明子はいつあれが始まってもよいように、準備だけはしておかねばいかん」

「・・・準備って?」

一徹はふいにかたわらの段ボール箱から、白い綿のような長方形の物を取り出し、明子に手渡した。

「これじゃ」

明子は箱のロゴを読んだ。

「・・・アンネ・・・ナプキン?」

「アンネ・ナプキンは今月発売されたばかりの日本初の生理ナプキンじゃ。
『アンネ』は『アンネの日記』の作者、アンネ・フランクから名付けられたの
じゃ。これが出来る前は、日本では日露戦争直後から今までずっと脱脂綿が主流だったのじゃ」

一徹は詳しかった。

「昔の脱脂綿は山のような固まりで売られておってな、これくらいの大き
さに女性が自分で切って使っておったのじゃ」

一徹は「これくらい」と言いながら、両手で輪を作った。

「それをズロースに挟んで使ってたの?」

明子が聞くと、一徹は微笑んだ。

「明治41年に『婦人用猿股』というズロース第一号を古川ヒサという女性が考案したが、普通の日本女性がズロースを履くようになったのはずっと後じゃ」

一徹は非常に詳しかった。

「大正時代にゴムを用いた和製月経帯、『ビクトリヤ月経帯』発売され、このあとズロース兼用タイプの『ノーブルバンド』はじめ、用途別にたくさんの月経帯が登場したのじゃ。しかし当時のゴム月経帯は『かぶれる』『だたれる』『もれる』『ずれる』『むれる』の五重苦で非常に不快じゃったそうじゃ・・・」

「ふ〜ん」

「戦争直後、駐留軍の女性のためにアメリカから使い捨てのパルプ製生理用品、『コーテックス』が日本に持ち込まれた。それが、この国産初のナプキン発売のきっかけとなったのじゃ」

明子は手の中のナプキンをつくづくと見つめた。

「・・・でもお父さん。これ、高いんじゃないの?」

一徹は頷いた。

「小売価格12個入り100円じゃ」

「・・・ひゃっ、ひゃくえん?!」

明子は息を飲んだ。

「・・・おっ、お米が1キロ買える値段じゃないの?!」

味噌100gが10円、理髪代が200円、銭湯入浴料17円の時代である。家計を預かる明子は心臓が破裂しそうになった。メンスになったら、一日に6個は使うとして、二日で100円! 一週間で350円だわ!父さんの稼ぎの十分の一じゃないの?!

「お父さん! こんな高い物、いったいどこで手に入れたの? まさか・・・」

一徹は微笑んだ。

「盗んだんじゃないぞ。たまたま今日、日雇いに雇われた先がこの会社でな、社長にお前の事を話したら、試供品だと言って一箱くれたのじゃ」

一徹は自分でも一つ箱から取り出して頬にあて、うっとりと肌触りを確かめた。一徹にはこのナプキンという物が豊かな国アメリカ、そして将来の豊かな日本を暗示しているように思えた。

「明子、一度使って見ればいい。この味をしめたら、二度と脱脂綿を使う気にならんそうじゃぞ」

「いやよ」

貧乏性の明子は強く首を横に振った。

「そんなもの、うちには贅沢よ」

「・・・そんなにそれ、使い心地がいいのか、父ちゃん?」

飛雄馬が横から口を挟んだ。一徹は頷いた。

「いいさ、天下一品じゃ」

「・・・じゃあ、俺も使っていいか?」

「ばかもんっ!」

一徹は立ち上がって飛雄馬を平手打ちにした。ちゃぶ台がひっくり返った。

「これは女の使うもんじゃ! たわけ者めが!」

飛雄馬は部屋のすみまでゴロゴロ転がりながら大リーグボール養成ギプスと格闘し、明子の手からナプキンを奪い取った。

「飛雄馬、何するの! 返しなさい!」

「飛雄馬!」

飛雄馬は部屋のすみに転がって逃げると、しゃがんだまま、それを頬にあてて肌触りを確かめた。

「姉ちゃん、これなかなか良いぜ。本当は使いたいんだろ?」

明子は弟に聞かれると、つい本音がでた。

「・・・ええ、もし余裕があれば」

「だったら心配する事ないぜ。姉ちゃんにメンスが来たら、俺が新聞配達でも何でもして、これ買ってやるよ」

「えっ?」

明子は弟を見た。

「そしたら、姉ちゃんは脱脂綿なんて使う必要なくなるぜ」

「・・・ひゅ、飛雄馬!」

明子は思わず涙ぐんだ。なんてけなげな事を言うんだろう。飛雄馬も涙ぐんだ。二人はしっかりと抱き合って号泣した。一徹もそんな二人を見て涙ぐんだ。明子も飛雄馬もいつのまにか立派な大人になっている。知らぬは親ばかりじゃわい・・・。

「心配するな、明子。わしも東京オリンピックに向けて突貫工事で大稼ぎするわい。第一、脱脂綿の時代はもう終わりじゃ。オリンピックの後にはナプキンの製造メーカーは300社以上になり、生理用品は競売時代に突入する。70年代にはミニスカートやパンストの流行で、薄形ナプキンが求められるようになるのじゃ」

一徹はなぜ未来の事をスラスラ語れるのか、自分でも不思議だった。その時、破れ窓から一筋の光が部屋にさし込んだ。一徹は窓辺に立ち、夜空に一際輝く星を指差した。

「あれを見ろ、明子。あれがナプキンの星だ。これからの女は脱脂綿の苦労を脱し、面倒なしにあの星に向かって突き進むのだ」

「ナプキンの星・・・」

明子は思わず父の指す星を見上げた。明子の脳裏に突然、脱脂綿やゴムの月経帯に苦しめられてきた過去の女性たちが次から次へと現れた。そしてアンネナプキンが輝く星となって彼女たちの頭上に光をまき散らすのであった。明子の目に涙が溢れた。

「・・・お父さん、ありがとう。私、もう脱脂綿の事は考えない!」

明子は泣きながら一徹にしがみついた。一徹も涙を流し、明子の肩を抱きしめた。

「さすがわしの娘じゃ!」

「父ちゃん! 姉ちゃん!」

飛雄馬も二人に抱きついた。三人は号泣しながら星を見上げ、しばし固まった。

・・・一徹は感動しながらも、一抹の寂しさを感じていた。ナプキンの吸収力が格段に向上し、「ふつう用」「長時間用」「夜用」といった多様性が増え、厚さ2〜3ミリのスリムタイプや高分子吸収剤を利用した高性能製品が登場する頃、いったい自分の居場所はこの子たちの家にあるのだろうか・・・。一徹の心は未来への不安で曇った。そんな父の心を読むかように、明子が一徹の顔を見上げて言った。

 

「ねえ、お父さん、タンポンの星はどこにあるの?」

 

 

 

(完)

 

 

 

 


続「星一家、それぞれの秋」

2002年11月24日

 幼い頃から、明子と飛雄馬は感激すると、いつもしっかりと抱き合って号泣した。ある日、それを見て一徹は言った。

「美しい兄弟愛だ。しかし飛雄馬。お前はもう四年生だから、姉ちゃんと抱き合うのはこれが最後にしろ」

飛雄馬は父を見た。それはどういう事だろう? 一徹は続けた。

「・・・飛雄馬、お前はチビで奥手だが、お前もじきに男になるんだ」

「・・・男のメンスがくるのか?」

「(ため息)違う」

「じゃあ、何だよ?」

「男もな、小学校六年生くらいになると第二次性徴が現れるのじゃ」

「第二次性徴って?」

「声も変わるし、髭も生える。○毛も生える。お前のお○ん○んも大人になって精子を発射し始めるのじゃ」

「えっー?!」

飛雄馬は顔をひくひくさせてのけぞった。それを見て一徹は豪快に笑った。

「驚くのはまだ早いわい。夜になるとお○ん○んが精子を発射して夢精するのじゃ」

「えっー?!」

飛雄馬は再び顔をひくひくさせてのけぞった。それを見て一徹は再び豪快に笑った。

「えっー?!」

「まだ何も言っておらん」

飛雄馬は顔をひくひくさせてのけぞった。一徹はそれを無視した。

「・・・明子の乳も膨れてくる頃だ。もうお前たち二人を同じ部屋に寝かせておく事はできん」

「えっー?!」

飛雄馬は再び再び顔をひくひくさせてのけぞった。それを見て一徹は再び再び豪快に笑った。

「・・・でも、お父さん、うちは一間しかないのよ」

当然の事を明子は言った。一徹はニヤリと笑った。

「うちに一間しかないなんて、誰が決めたんだ?」

明子と飛雄馬は顔を見合わせて首をひねった。

「・・・梶原一騎」

「・・・川崎のぼるかな?」

「ばかもん!」

一徹はちゃぶ台を蹴飛ばして二人を一喝した。

「わしらは漫画のキャラクターだ! 部屋なんて作ろうと思えば作れる!住みたいと思う部屋のイメージを根性出して膨らませるのじゃ!」

そう言うと一徹は部屋の右奥の壁に行き、右手で砂壁をさわった。するとそこに、いきなり唐獅子牡丹の日本画入りの金のふすまが現れた。一徹がそのふすまを横開きに開けると、そこに出てきたのは! ・・・ピンク色の絨毯を敷き詰め、ふかふかの白いベッドとタンス、学習机のある女の子用の六畳洋室だった。白い壁にはマドロス姿の石原裕次郎のサイン入り等身大ポスターまで貼ってあった。白い将棋盤とウクレレもあった。月刊「近代将棋」全バックナンバーもあった。

「お、お父さん!」

明子は感涙にむせび、一徹に抱きついた。明子の胸が一徹の腹に当たった。

「ん? 明子、お前、乳が少し腫れてきたんじゃないか?」

「いやだわ、お父さんたら」

明子は赤くなって、父の腕を逃れた。

「心配するな。用意は出来ておる」

一徹はそう言うと、押入を開け、自分の浴衣を改造した手づくりの乳バンドを取り出した。カップの上に縦横にワイヤが張り巡らされ、乳首の所に毛糸のボンボンが付いている。

「巨乳養成ギプスじゃわい・・・サイズはAAでよかったかな?」

「Aよ」

明子は乳バンドを体にあてながら、ツンと上を向いた。

「・・・父ちゃん! おれの部屋はないのか?」

飛雄馬がじれったそうに言った。一徹は部屋の左手奥の壁に行き、左手で砂壁をさわった。するとそこに、いきなり桜吹雪の日本画入りの銀のふすまが現れ、一徹がそのふすまを横開きに開けると、そこに出てきたのは! ・・・ブルーの絨毯を敷き詰め、ふかふかの白いベッドとタンス、学習机のある男の子用の六畳洋室だった。白い壁には長島茂雄のサイン入り等身大ポスターまで貼ってあった。そして当然のように壁にはボールの抜ける穴があり、穴の向こうには一本杉があった。長島のサイン入りの白いバットとグローブ、講談社コミックス「巨人の星」全19巻もあった。

「と、父ちゃん!」

飛雄馬は感涙にむせび、一徹に抱きついた。一徹は豪快に笑った。

「・・・でも父ちゃん、俺は壁の穴までイメージしなかったぜ。それにポスターは長島茂雄じゃなくて松島トモ子だったんだけど」

一徹は豪快に笑った。

「心配するな、飛雄馬! それはわしの送ったイメージじゃ。さあ、子供はもう寝ろっ!」

そう言うと一徹は明子と飛雄馬をそれぞれの部屋に押し込み、ふすまをピッタリと閉めた。

 

「・・・母さん、わしは一人でうまくやっていると思わんかい?」

 

一徹は壁の妻の写真を見上げて微笑んだ。それから一徹は布団を敷き、イメージで裸の京マチ子とジプシーローズ、デコちゃん(高峰秀子)を呼びだして布団に押し込み、部屋の明かりを消した。 

 

 

(完)

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*一部下ネタとなりました事を深くお詫びいたします。(編集部)


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