夏向き携帯電話 Geta-phone 登場
2003年6月27日
ゴキア・モービル・コミュニケーション(株)は25日、NTTドコモのインターネットサービス“iモード”に対応した下駄型カメラ付き携帯電話、『Geta-phone
(ゲタ・フォン)50i』を発表した。販売価格は標準セット(電池パック・ACアダプタ付き)で1万6980〜1万9980円。
Geta-phone 50i men's type
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Geta-phone
50iは、ゴキアのカメラ付き携帯電話として初めてiモードに対応した「実際に履ける」下駄モデル。サイズ
は約17cm〜28.5cm、重さ約70〜100 g(片足)。下駄の台は桐、裏はゴム、鼻緒はポリエステルで色は白、黒、紺、花柄、格子の5タイプ。利用するだけで足裏や耳周辺のツポが刺激されるなど、血液の循環を末梢から促進する低周波治療の効用があり、足が蒸れないので水虫にも効果抜群。板前さんや山伏用に高下駄タイプ(Takageta-phone
50i)も特注でオーダーできる。 |
Geta-phone
50iの使い方は、まず一足脱いで片手に持ち、下駄の表の鼻緒の結び目あたりにある“iモードボタン”を押す。すると内蔵されたプッシュボタンとサイズ2.1インチのカラーTFT液晶画面がクルリと回転して裏底に現れ、使い終わった後は再び“iモードボタン”を押すと、元の下駄底の状態に戻るという。搭載されているカメラは薄暗い場所でもフラッシュなしで利用でき、手ブレにも強いCCDカメラ。2倍ズームも可能で、鼻緒をすげ替えているふりをして隠し撮りもできる。Geta-phone
50iの連続待ち受け時間は約470時間、連続通話時間は約150分。メモリダイヤル件数
500件。32和音を同時に表現できる着信メロディも20種類用意されている。
Geta-phone 50iは基本的に左右セットになっているが、携帯として使えるのは片足のみ。履物として通勤通学、盆踊り、縁日デートなどに使える他、遠くに蹴り投げることで翌日の天気を予測する機能も搭載。Geta-phone
50iが地面に落ちたとき裏向きになると「雨」、表向きが「晴れ」、側面立ちが「曇り」となり、的中確率は78.9456%(NASA調べ)。ゴキア社のブリッツ副社長はインタビューの対し、「世界で2億5000万人いるという下駄愛好家は、健康ブームに乗って2006年末までには10億人に拡大するはず。この新しい携帯電話は、21世紀の世界下駄社会をさらに強化するものだ」と説明。Geta-phone
50iを使用する際、鶴のように片足立ちをする必要があることについてのコメントは得られなかった。
豊水の母
2003年6月15日
豊水は赤茶色の顔をしている。しかし彼の父と母は薄緑色の顔だ。
「母ちゃん、なぜ僕だけ違うの?」
子供の頃、豊水はよく赤茶色の顔をさらに赤くして大好きな母に尋ねた。しかし母は青い顔を一層青くするばかり。父も「知らない」と首を横に振る。同じ里に住む仲間のうち、両親に似ていない子供は珍しくなかった。仲良しの長十郎や丹沢、大原紅や二宮たちも、彼らの親と全く異なる顔をしていた。
豊水が立派に成人したある日、豊水たち親子は一緒にDNAを鑑定をする機会を持った。そしてその結果、豊水が今まで両親と思って甘えてきた二人は、「実の親ではない」ということが明らかになった。
「両親とも他人だったのか――」
豊水はショックで呆然とした。悲しさを紛らわすために家に引きこもり、飲めない酒を飲み始めた。そんな豊水を母は心配そうに物陰から眺めていた。豊水が前後不詳になるほど酔っぱらったある日、母はDNA鑑定をした研究所に豊水を無理矢理連れて行った。そして研究官に、もう一度分かりやすく鑑定結果を説明をしてくれと頼んだ。
* * *
「豊水、お前は父の『リ―14』と母の『八雲』をかけ合わせて品種登録したナシのはずだった」
果樹研究所(茨城県つくば市)遺伝育種部の主任研究官、梨本種男さん(57)は豊水に言った。二十世紀ナシのような「青ナシ」の両親から、初めて生まれた「赤ナシ」の豊水。1972年の豊水の誕生は奇跡(ミラクル)のようだったと梨本さんは語る。その後は何度同じ交配を繰り返しても、豊水のような赤い子は二度とできなかった。そしてその訳が今回の鑑定ではっきり分かったのだ。
梨本さんらがナシやモモ用に開発した親子鑑定法は、DNAの決まった場所にある繰り返し配列に着目したものだった。同じ場所でのDNAの繰り返し回数は、親と、そのDNAを受け継いだ子は同じであり、父由来のDNAでは父と、母由来のDNAは母と一致する。数カ所の繰り返し配列を調べて回数が完全に一致すれば100%の確率で親子、逆に1カ所でも違えば親子ではない。
豊水と両親の回数は全く異なっていた。豊水の友達の「長十郎」や、二十世紀ナシの子とされる「丹沢」も、両親共に違っていた。日本のナシと洋ナシをかけ合わせた「大原紅(おおはらべに)」や「二宮(にのみや)」も片親が違っていた。
「果樹用のDNA鑑定法ができる最近まで、果物で親子の取り違えは珍しくないんだ」
梨本さんは優しい面差しで豊水を見つめながら言った。誰が本当の親か調べるのは難しくない。間違いの起こった原因としては、交配中に別の品種の花粉をつけた虫が紛れ込んだり、接ぎ木の際に別の木の枝を接いでしまった事が考えられるだろう――。梨本さんが話している間、豊水はずっと下を向いていた。
「豊水、今やお前は『幸水』に次ぐ国内シェア2位の人気品種だ。気にしないで強く生きろ。ナシが酒飲んで良いことないぞ」
梨本さんがたしなめると、豊水の赤茶色の顔は真っ赤になった。
「親が何だっ。俺たちはナシだ。果物に親など有るわけがないじゃないかっ」
豊水が梨本さんにそう怒鳴った途端、母が立ち上がり、彼の頬をピシリと打った。豊水の赤い皮が破れて甘酸っぱい果汁が辺りに飛び散った。母は床にゴロゴロ転がると、白い芯が見えるまで実をよじって泣き続けた。
介護ロボットに死刑判決下る:
2003年4月8日
家庭での介護補助を目的とするロボットが作られ始めた当初から、ロボットの知能がどれだけ臨機応変に不測の事態に対応できるかを疑問に思う人は多かった。万が一、ロボットの判断ミスや不手際で人身事故が生じた場合、その責任はロボットが負うのか? それとも製造会社の責任となるのか? その辺は曖昧なまま介護ロボット市場は拡大する一方だった。
この問題を改めて提起するような事件が、1月末、岡山県で起こった。持ち主の様態が急変したのに、病院に通報するはずの介護ロボットが通報を怠った上、介助もしないまま死に至らせたのだ。
事件を起こしたロボットは、昨年、四星重工業が一人暮らしの老人用に開発した二足歩行型介護ロボット「オタスケくんD50型」、通称デコマル。デコマルは今までになく高度の電子頭脳を搭載された自己充電型ロボットで、寝たきり老人のために薬を調合したり、寝返りや入浴の介助が出来る他、異常があると遠くに住む家族や病院に電子メールで急報する機能が備わっていた。
デコマルの持ち主だったのは岡山県山間部の大里村に住む山崎正さん(享年89歳)。山崎さんは一昨年、心筋梗塞で倒れ、岡山市民病院に半年ほど入院していたが、昨秋、本人の意志で自宅に戻って療養する事になった。奥さんは5年前に亡くなり、一人娘の敦子さん(56)は大阪で飲食店を経営をしていて忙しく、山崎さんも大阪に住みたがらずで、やむなく敦子さんが一体150万円という高性能介護ロボットを月賦で購入したという。敦子さんは語る。
「このロボットは頭が良くて言語能力もあり、人間の介護士以上に気がきいてるって父も喜んでいたんです」
実際、2月末に亡くなるまでの半年間、デコマルと山崎さんは近所でも評判になるほど仲むつまじく暮らしていた。デコマルは寝たきりで動けない山崎さんのために、薬を調合し、宅配サービスから届けられる食事を暖めて食べさせ、シモの世話をし、風呂を沸かして入浴させ、夜中に寝返りを打たせ、布団干しから掃除洗濯まで完璧にこなしていた。毎日、里に下りて村の図書館に本やビデオを借りに行き、帰りに商店街で買い物をするデコマルの姿は近所でも有名だったという。
デコマルは、道で人に会うと「コンニチハ」と丁寧に頭をさげ、病気の老人には「オ加減イカガデスカ」と聞き、村のいたずらっ子に棒で叩かれても怒ることなくゆったりと構え、その落ち着いた姿に感心する人も多かった。山崎さんは、毎日デコマル相手に思い出話をしたり、寝たまま将棋を指したりして楽しそうに過ごしていた。山崎さんはよく、「ロボットの方が娘より気持ちが通じる」と言っていたという。敦子さんは週末だけ村に様子を見に帰っていたが、ほとんどの世話はロボットに任せていたらしい。山の中の一軒家だけに、様子を定期的に見に行く隣人もいなかったという。
「父は私よりデコマルの方を気に入ってたみたいで、私が行っても大して喜ぶ様子はありませんでした」
◇ ◇ ◇
そのデコマルが1月末の土曜日の早朝、山崎さんが危険な状態になった時、敦子さんにも救急病院にも急報しなかった。壊れていたわけでも、充電していなかったわけでもなく、山崎さんが苦しんでいた数時間の間、ただ何もせずに側にいたのだという。デコマルが急報したのは山崎さんが亡くなって2時間もしてからだった。救急隊員が到着した時、デコマルは山崎さんの寝ている布団の側に座っていたという。さらに司法解剖の結果、山崎さんの死因は全身衰弱の上での心機能不全であることも分かった。デコマルは、山崎さんに与えるべき薬を月曜夜から5日間も調合しておらず、宅配された食事も与えていなかった。
デコマルは兵庫県警に身柄を保護されたが、調べに当たった検察官が何を聞いても、「ワスレタ」と答えるのみだった。責任を問われた製造元の四星重工業の方では、デコマルに何ら技術的問題はなく、この高性能ロボットが持ち主の緊急事態に急報を忘れるというのは「絶対にありえない」と繰り返すのみだった。同社のロボット開発部長は語る。
「このタイプのロボットで似たような例を聞いたのは、ただ一度だけ。持ち主に自殺願望があり、ロボットに幇助を頼んだという物でした。もちろんロボットはプログラムされている通り、家族にその事を伝えて未然に防ぎました」
山崎さんに頼まれてデコマルは自殺の手助けをしたのだろうか? 自殺を回避するプログラムをされているなら、なぜ家族に通報しなかったのか? 万が一、デコマルが幇助したとしても、責任能力を機械であるロボットに問う事は可能なのか? 世間の目はこの特異な事件に集まった。
娘の敦子さんは自殺は絶対に考えられないと主張した。元小学校教師の山崎さんは誇りを持って堂々と生きてきた人で、自殺を卑劣な行為だと嫌っていたという。遺書らしい物も家のどこにも見つからなかった。敦子さんは、「寝たきりの父を介護せずに放置し、意図的に殺した」鬼畜ロボット、デコマルを殺人罪で訴えると共に、不良品を製造販売したとして、四星重工業を相手どり損害賠償の訴えを起こした。
一方、ロボット研究家たちは一斉にSF作家、アイザック・アシモフが自著で語った「ロボット工学三原則」を持ち出して反論を始めた。三原則とは以下の物である。
「第一条、 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、危害が加わるのを見過ごしてはいけない。第二条、第一条に反しない限り、ロボットは人間の命令に従わねばならない。第三条、
第一、二条に反しない限り、ロボットは自分を守らねばならない」
「鉄腕アトム」を始め、ロボットは元来、人を幸せにする事を目的として製造された「優しい」機械であり、人を傷つける如何なる命令にも従わないはずである。万が一、デコマルが自殺幇助をしたとしても、それは自我のないロボットの責任ではない。責められるのはデコマルを正しくプログラムしなかった製造元の四星重工業、または、そうするよう導いた山崎さん自身である--ロボット研究家たちの意見は一致していた。
◇ ◇ ◇
どこでどう精神分析されたのか、結局、デコマルは殺人を犯すだけの知力・判断力ありと見なされ、ロボットとして歴史上初めて人並に逮捕された。国選弁護人が付けられたが、デコマルは弁護団に何を聞かれても「ワスレタ」を繰り返すのみ、毎日、自己充電もせずに留置所の片隅に壊れた玩具のように横たわっていた。ロボット保護団体や人権団体がサポートに乗り出したが、デコマル自身が協力的でないので救いようがなかった。
2003年3月20日、デコマルに死刑判決(廃棄処分)が下り、四星重工業も不良品製造販売で敦子さんに2500万円の賠償金支払いを命じられた。死刑が決まった時、デコマルの表情に変化はなかった。4月7日、デコマルは内蔵コンピューター頭脳ごとスクラップにされ、瀬戸内海の離島にある廃棄物処理場に埋められた。その日は奇しくも「鉄腕アトム」の誕生日と同年同日であった。
一週間後、敦子さんは山崎さんの荷物を整理している際、家具の隙間にメモが落ちているのを発見した。そこには「ロボットに罪はない。自分が頼んだ。もう十分生きた」とあった。敦子さんはそれを誰にも言わず、燃やしてしまった。
さようなら
2019年2月14日
アタシ、生まれたときからみんなと違ってたみたい。たくさんの人がママのところに詰めかけて、「スゴイ!」「大成功!」とか言って写真とったり、新聞にのったり大騒ぎしたらしい。小さいころも、お友だちと遊んでいたいのに、「どっか違う」「違ってて当然」「案外ふつう」なんて回りがうるさくて、毎日けんさされたり写真とられたりするんで、「もういや!」「ほっといて!」って叫びたくなることが多かった。
少し大きくなったころ、アタシは「つきあいなさい」って男の子といっしょの部屋に入れられて、わけが分かんないうちに赤ちゃんを産んじゃった。みんなは「子供も産めるのか」「案外ふつう」「新はっけん!」ってまた大騒ぎ。去年、アタシの足の関節がおかしくなった時は、「若いのに年よりみたい」「生まれた時から『ろうか』してたんじゃないか」、なんて失礼なことを言う人もいた。
でも、そんな騒ぎも、もう終わり。アタシのからだ、最近すごく悪くなって、苦しいし、もう直る見込みがないから、今日にもちゅうしゃで天国に行かせてもらえるらしい。死んだ後、アタシのからだは「はくぶつかん」にてんじされるって聞いた。アタシは別に「はくぶつかん」に入りたくないけど、アタシは生まれつき有名だからすきじゃなくてもそうなるらしい。
アタシは生んでくれたママに似てない。パパには会ったこともない。アタシみたいな子は、アタシが生まれた後、世界のあちこちでたくさん生まれたらしい。でも、すぐ死んじゃったり、からだのおかしな子が多かったんだって。どうしてアタシみたいな子、そんなに作りたいのかな・・・。あ、お医者さんが来たみたい。
じゃあ、これでおしまい。みんな、さようなら。
***
【ロンドン】世界初のクローン人間「ドリーナ」を誕生させた英エディンバラ羊族のクローン生物学研究所は2019年2月14日、ドリーナを進行性の肺疾患のため安楽死させたと発表した。16歳7カ月で、人間の雌の平均寿命70〜80歳の5分の1の短命だった。ドリーナは2003年7月5日、雌人間の乳腺細胞からDNAが入った細胞核を取り出し、別の雌人間の未受精卵に移植、代理母の子宮で育たのち誕生。世界初のクローン人間として動物世界に衝撃を与えた。
「ナンベイネコガエル」、声は偽称と判明:
2003年1月13日
繁殖期に「ニャー」と猫のような鳴き声を出すと評判の「ナンベイネコガエル」。アルゼンチンやブラジル南部などに生息している体長3cmほどのユビナガガエル科の1種で、昨年12月より三重県の鳩羽水族館で国内初公開されている。
しかし公開以来一ヶ月、水族館職員を含め、見物客の誰一人として「ニャー」どころか、「ウン」とも「スン」とも聞かず、苛立った水族館側は遂に偽称を決意。猫の声真似の上手い職員の声を録音し、映像に被らせて編集。展示水槽脇のモニターに流し、「ナンベイネコガエルの鳴き声の録音に成功。鳴いている映像を公開中」と偽称していたという。
偽称がばれたのは先週の日曜日の午後。若い雌と思われるこのカエルは突然二本足で立ち上がり、ガラスのケース前に駆け寄って見物客に語りかけ始めたのだ。その声は猫とは似ても似つかぬメゾソプラノの美声。自分が「ナンベイネコガエル」でない事、父親を知らぬ複雑な生い立ち、捕獲された時に離ればなれになった2000匹の卵兄弟への恋しさ、幼なじみのナマズへの仄かな思い、開発汚染が進む故郷のアルゼンチンの沼への憂い等、表情豊かに覚えたての日本語でポツポツと語り、最後にミュージカル「エヴィータ」から「アルゼンチンよ、私のために泣かないで
- Don’t cry for me
Argentina」を熱唱。約100人の見物客はその場に魅入られたように立ちつくし、歌い終わった瞬間、全員が滂沱の涙でアプローズしたという。
その後の水族館の調べで、「ナンベイネコガエル」と思われていたのは、さらに珍種の「ナンベイメダチタガエル」で、過って輸入されていた事が判明。「ナンベイメダチタガエル」もユビナガガエル科の1種だが目立ちたがりやの性格で知られ、南米では「このカエルが一匹いれば倉が建つ」と言われるほどテレビで人気のカエル。ただ、「お嬢」と別名を取るほど気まぐれな性格で知られ、収録に遅刻したり、途中でキレてもめたり、本番前のドタキャンも多い事から周囲の気の使い方はかなりの物らしい。
鳩羽水族館側では「ナンベイメダチタガエル」を「ナンベイネコガエル」と交換するつもりはなく、将来、館内にプチ・シアターを設け、「ナンベイメダチタガエル」に一匹カエル芝居の公演をしてもらう予定。衣装や照明、振り付け、メイクにも専門家の意見を取り入れ、「ナンベイメダチタガエル」には初日に向けてタップダンス、日本語発声法などのレッスンに力を入れてもらうつもりでいる。
家庭向けに留守番ロボット発売:
2002年11月26日
算用電機は24日、家庭向けの留守番ロボット「バンケーン」を発表した。価格は80万円前後の予定で、受注は来年1月より開始し、2003年春に出荷する。サイズは1000×800×700mmで、重量は約50kg。バッテリーは容量7000mAhのニッケル水素電池を搭載。移動速度は分速15mで、「ペットモード」では、「お座り」「お手」などいくつかの言葉を認識して愛犬アクションが可能。
バンケーンは、中型恐竜「トリケラトプス」をアレンジしたデザインの4足歩行ロボット。人感センサー・音センサー・温度センサー・匂いセンサーを搭載し、侵入者や火災などに反応すると、犬そのものの鳴き声で警告・威嚇すると同時に、内蔵PHSで離れた場所にいるユーザーに通知する。通知先の電話には、NTTドコモのPHSビジュアルホン、およびテレビ電話に対応した「FOMA」の各機種が対応し、バンケーンのカメラとマイクで捉えた音声と動画がリアルタイムで送信される。匂いセンサーは、複数の成分を感知することで火災の早期発見を助ける。
◇ ◇ ◇
記者はバンケーンの試作品を使用期間一ヶ月限定で手に入れ、さっそく自宅に持ち帰った。妻と娘は最初はバンケーンの厳つい外観に恐れをなした風だったが、充電して動き始めるとと興味深そうに近寄ってきた。まずは「ペットモード」にセットした。「お座り」「お手」はすでにプログラムされており教える必要もない。頭をなでてやると尻尾を振って喜ぶ様子など、怪獣のような外見に不似合いなほど犬らしく見える。バンケーンは女性の臭いに敏感なのか、しきりに妻のふくらはぎに鼻先をクンクンこすりつけている。5歳になる娘が怖々と手を差し出すと、紫色のゴムのような舌を差しだしてペロペロと娘の頬をなめた。
翌日の金曜日、編集部で新人歓迎会があり、帰宅が深夜になると分かっていたので、妻にバンケーンを「防犯モード」にして玄関に放すように言っておいた。飲み会は新宿の歌舞伎町の韓国料理屋で行われ、二次会、三次会と仲間に付き合う内に例によって終電に間に合わなくなり、ようやくタクシーで自宅にたどり着いたのは二時すぎだった。街灯を頼りに鍵穴を探り当て、そっとドアを開けると玄関は真っ暗。中に入ろうとしたその時だった。
「ガウウウウウ〜〜〜〜〜」
いきなり何者かが飛びついて、私の肩先に食らいついた。バンケーンだった。その素早さと食らいつき方のもの凄さは、まるで鮫にでも襲われたような感覚だった。もし厚手のコートを着ていなかったら腕をもぎちぎられていたかもしれない。
「うわっー!」
私の声で妻が飛び起き、モップの杖でバンケーンを私の肩先から叩き落とした。妻がバンケーンのバッテリーを抜き取ってホッとする間もなく、電話が鳴り、世田谷署から「何がありましたか?」という問い合わせが来た。バンケーンのPHSビジュアルホンが自動的に署に警報し、音声と動画がすでに伝わっていたのだ。電話に答える間もなくサイレンの音が聞こえ、パトカーが家の前に止まる音がした。警察官に事情を説明してペコペコ謝っているうちに夜が白々と明けてきた。
翌日の午後、私はなぜバンケーンが顔を覚えているはずの私を攻撃したのかを考えていた。「一度主人の顔を覚えたら他人とは識別する」、とマニュアルに書いてあり、私たちはすでに主従関係にあったはずだった。「匂いセンサー」でどんな小さな臭いでも感じ取ると言うが、昨晩は私の深酒の臭いに反応したのだろうか? ためしにその夜、家でしこたま飲んでバンケーンを「防犯モード」で放してみたが、酒の臭いに特に反応する訳でもなかった。
翌週の火曜日、得意先で出版パーティがあり、中華バイキングで餃子を胸焼けするほど詰め込んだ後、上司とクラブを三件回った。前の事があったので酒はほとんど飲まず、ウーロン茶でごまかしていた。深夜一時過ぎに家に辿り着いた私は、注意深くドアを開けて中を伺った。
「ガウウウウウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
途端に何者かが飛びついて、私の肩先に食らいついた。やっぱりバンケーンだった。
「うわっー!」
前と全く同じだった。強いて言えば、今回の方がさらに強烈に噛まれた。おかげでバーバリーのコートの肩袖が引きちぎられてしまった。前と同様に電話が鳴り、再び警察官に事情を説明してペコペコ謝っているうちに夜が白々と明けてきた。
「・・・臭いのせいじゃない?」
寝ぼけ眼の妻がぽつりと言った。何の臭いだ? 妻は私に顔を近寄らせて、ウッと顔をしかめた。
「ニンニク臭っ・・・何食べたの?」
「餃子」
「前にバンケーンにやられた時、何食べてた?」
「焼き肉とキムチ」
妻は台所に走り、ネットに入ったニンニクを抱えて戻ってきた。そしてそれを片手に持ってバンケーンの目の前でブラブラ振った。バンケーンは低くうなり始めた。
「やっぱり。ニンニクが悪かったのよ」
妻はほれ見た事かという表情で言った。・・・そうだったのか。ニンニクが悪かったのか。ロボットのくせにニンニクに反応するとは妙な奴だ、とにかく原因が分かって良かったと私は安堵した。確か今夜は課内の送別会で渋谷へ出る事になっている。しかしすき焼き屋だから、ニンニクの心配はないはずだ。
その夜、すき焼き屋の奥座敷での送別会の後、同僚とカラオケを回って零時過ぎに帰宅した。酒はほとんど飲まず、ニンニクや強烈な臭いのする皿には一切手を出さず、用心のためにガムも噛んでいた。いつもの様に注意深くかぎを開け、そっと中を伺ったその時だった。
「ガウウウウウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
いきなり何者かが飛びついて、私の足先に食らいついた。やっぱりバンケーンだった。
「うわっー!」
今回は靴下とズボンの片足を食われてしまった。
「またニンニク食べたの?」
妻に聞かれ、首を横に振ると、妻はクンクンと私の全身を頭のてっぺんからつま先まで順番にかぎ始めた。
「この靴、誰の?」
それは営業の草井さんの靴だった。酔っぱらって私の靴を間違えて履いて帰ったので、私が彼のを借りたのだ。そう言うと、妻は靴底が臭うと言って顔をしかめた。
確か草井さんは重傷の水虫患者で、ニンニク足湯療法というのを熱心に試していると聞いた事がある。どうやら靴底にも臭いが移ったらしく、確かに臭い。実は私は昨日から鼻風邪をひいており、それに気がつかなかったのだ。それにしてもバンケーンのニンニク嫌いには閉口した。これではのんびりと深酒して深夜帰宅する事もできない。私はため息をついてロボット犬を眺めた。
その日から妻はニンニクを料理にも一切使わなくなった。私はそれについて特に文句は言わなかった。しかし、その頃から私は家族の間で妙な疎外感を感じ始めていた。それは金曜の夕刻の事だった。私がうちに着いてドアを開け、「ただいま」と言っても、いつも迎えてくれるはずの妻も娘も出て来ない。変だなと思い、茶の間の方を伺うと、「キャッキャッ」「バンケーンったらずるーい!」という妻子の嬉しそうな笑い声と、ロボット犬の甘えた鳴き声が聞こえて来た。私が感情を押し殺して茶の間に入って行くと、三人は何と茶の間のテーブルで花札をしていた。妻が花札をしているのを見るのは独身時代を含めて初めてだった。
「ごっ、ごめんなさい! 帰って来たの聞こえなかったの」
妻が椅子から飛び上がって言い訳をした。
花札に関心はないが、私は仲間はずれにされているようで寂しかった。実際、妻も娘も日に日に私の帰りを待ちわびる様子がなくなり、一日中バンケーンと嬉しそうに笑って過ごしているようだった。バンケーンってすごーい、バンケーンって最高、バンケーンさえいれば幸せ、夕飯の話題はそればっかりだった。妻子の幸福そうな顔を見るにつけ、私の気持ちはふさいだ。一体自分は何の為に外で苦労しているのだろう。一家の要としての自分の立場をバンケーンに横取りされたように思った。娘など、週末に以前のように私に遊んでくれとせがむ事もなくなり、いつ見てもバンケーンに乗って大はしゃぎだ。
バンケーンと妻の関係も不安の種だった。見ているとバンケーンの目は常に妻のスカートの尻を追い、姿が見えなくなるとクンクン鼻を鳴らすのだった。妻は妻で始終チラチラと横目でバンケーンを伺っている。香水も気のせいか前より多めに付けているし、目つきも妙に色っぽい。そのくせ、私の夜の誘いを「疲れてるから」と適当に理由をつけて五度に一度は拒絶するのだった。私は非常に傷ついていた。
その頃の事だった。またしても出迎えに来ない妻に苛立って玄関から茶の間に入ると、何とバンケーンが私のいつも座る椅子に仰向けになって寝そべっているではないか。妻は隣の椅子に座り、ロボット犬の腹を人差し指でさすりながら何かを親身な調子で語りかけている。私の頭にカッと血が上り、気がつくとバンケーンを椅子ごと蹴り飛ばしていた。
「キャイ〜〜〜ン」
バンケーンは惨めったらしい鳴き声を上げて床に倒れ、動かなくなった。私は私で椅子を蹴った勢いで床に倒れ、尻餅を付いてしまった。妻と娘は床でうごめいている私に目もやらず、
「バンケーン!」
と一声叫んでバンケーンの側に駆け寄った。私は尾てい骨をさすりながら立ち上がり、大声で家族を怒鳴りつけた。
「なっ、何だって俺よりロボット犬を大事にするんだっ!」
悔しくて涙が出そうだった。誰も私の事など気にしない。妻と娘は私に構わずバンケーンを充電するわ、体をさするわで大騒ぎしている。
「バッキャロ〜ッ!」
私は一声叫んで二階の寝室に駆け上がり、布団を被って泣いた。堪らなく悲しかった。
私のバンケーンへの嫉妬は途方もなく膨らみ、自分でもどうしようもなかった。寝てもさめても仕事をしていても私の心はバンケーンへの妬み節で充満していた。これを解消する手だては一つしかなかった。バンケーンを追い払うのだ。まだ使用期間は十日ほど残っているが、製造元に返してしまおう。これ以上この生活が続くと気が狂いそうだった。ましてや今週の金曜は私の誕生日だ。毎年家族水入らずで近所のレストランに行く事になっている。バンケーンなど一緒に連れて行くつもりは毛頭なかった。
その夜、私がバンケーンを返すと宣言すると、妻は額を憂鬱そうにゆがめ、一言、「イヤ」と言った。何がイヤなのかというと、バンケーンがいなくなると物騒で困るのだという。その日から、妻は一層思い詰めたような表情でバンケーンとチラチラ目を合わせるようになった。よく見ると目配せなどもしている。妻とバンケーンの間にいったい何が起こっているだろう・・・私は真実を知りたかった。もし妻が私の留守の間ロボット犬と浮気などしているなら、離婚も止む得ないと思った。
私はとうとう不意打ちで家に戻り、バンケーンと妻の関係をあばこうと決心した。金曜日の午後、会社を三時頃抜けだし、高鳴る胸を押さえつつ家に着いた私は、静かに鍵を開け、そっと中を伺った。
「ガウウウウウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
いきなり何者かが飛びついて、私の肩に食らいついた。バンケーンだった。しまった! 今日の昼はレバニラ炒めだった!
「うわっー!」
私がバンケーンと格闘していると、後ろに妻が現れた。ジッと見ているだけで助けてもくれない。
「美奈子! 助けてくれ〜〜!」
私がそう叫ぶと、妻は風呂場からモップを抱えて戻って来た。よかったと思うまもなく、妻は無表情にその杖を振りかざし、思い切り私の頭を殴った。
「ぎゃ〜〜〜〜〜!」
私は一声叫んで気を失った。
夢うつつに私は考えていた。私はすでに死んだのだろうか? 妻はなぜ私を打ったのか? 私よりもバンケーンとの人生を選んだのだろうか? ・・・ふと気がつくと、妻が心配そうな顔で私のおでこを氷で冷やしている。
「大丈夫? あなた」
周りを見回すと、私はパーティの装飾を施された応接間のソファに寝かされていた。
「パパ! 誕生日おめでとう!」
パーティハットを被った娘が蝋燭の火のついたケーキを持って部屋に入って来た。同じハットを被ったバンケーンが笑顔で跳びはねながらパーンパーンとクラッカーを鳴らし、カラオケセットをオンにして私の好きな「チャコの海岸物語」を二本足で立って歌い始めた。ワンワンじゃなくてはっきりとした発音の日本語だ。
「バンケーン上手でしょう、パパ。 ずっと秘密で練習してたのよ」
娘はそう言って、ロボット犬と一緒に腕を組んで歌い始めた。
「パーティの事、ずっと隠してたの。ごめんなさい」
妻が優しく言った。
「・・・何で僕を、殴ったの?」
私が聞くと、妻は頬を染めた。パーティの準備が出来ないうちに私が帰って来たので逆上してしまい、バンケーンを打つつもりが間違ってしまったと言う。
「じゃあ、君はバンケーンと浮気してたんじゃ・・・」
「ばかね。バンケーンはロボットよ。貴方の替わりにはならないわ」
妻は笑いながら私の額に唇を寄せ、付け加えた。
「でも、この犬、随分いろんな相談にのってくれたのよ。『あんさん、土俵際でふんばりなはれ、長い人生楽ありゃ苦もある。簡単に投げたらあきまへん』って言って」
私は安堵の吐息をついた。そうだったのか・・・そんな事をこの犬が・・・。
「ロボット犬が関西弁話すなんて私も最初はびっくりしたけど、算用電機に問い合わしたら、どうやらこの犬、何かの間違いで亡くなった関西のお笑いタレントの脳がシュミレートされてるらしいの。才能はあったけど破天羅な生き方した人でね、ばくち好きで女ぐせもすっごく悪かったらしいわ。それでね、(笑)その人、大変なニンニク嫌いだったんだって!」
「・・・」
「さあ、パパ。ローソクの火を一息で消して!」
娘が私をうながした。妻も娘も、バンケーンも、愛情のこもった笑顔で私を見ている。私は途方もなく幸せな気分になって蝋燭を吹き消す前にもう一度気を失った。
宇宙から鯨の生態を観測:
2002年11月14日
先月打ち上げられた小型観測衛星、「勘太郎くん」の調査により、これまで夏には北極や南極の近海にいて、冬になると赤道付近に移動して子供を産むと言われていたザトウクジラやシロナガスクジラが、赤道近辺の暖かい海に四季を通じて定住している事がわかった。
観測によると、極地にいるのはクジラのダミーにすぎず、本物のクジラたちは夏が近づくと分厚いクジラ・スーツを脱ぎ捨て、頭と尻尾、手ひれ以外は骨丸出しのさっぱりとした姿となって、避暑地でカラオケ三昧の毎日を過ごすという。クジラが意外と歌好きな事は以前から噂されていたが、今回の調査で、60〜70年代のムード歌謡がシロナガスクジラの間で人気を集めている事が判明。中でも、内山田洋とクール・ファイブの「長崎は今日も雨だった」「東京砂漠」「そして神戸」がダントツ人気。グループで「ワワワワ〜」とコーラスできる所が好まれるらしい。逆に最近のJ-POPなどは、歌詞がよく分からないと不人気だった。
また、ザトウクジラの間では浪曲が大ブーム。二代目広沢虎造の「清水次郎長」が大流行りで、「馬鹿は死ななきゃ直らない〜」という独特の節回しを真似するクジラも多い。クジラはかなりの悪声で、歌うと必ず周辺海域や沿岸地方で地震や大津波が発生するというが、クジラ本人は相当の自信を持って歌っている事も今回の調査でわかった。
「勘太郎くん」は習志野市立工科大学(千葉県習志野市)の板東勘十郎教授と学生らによって開発された衛星で、全地球測位システム(GPS)の受信機や電波送信機を収めたプローブを用いて鯨の観測をする。大学では2003年初頭に「勘太郎くん」が「初代勘右衛門」を襲名し、同年5月までに「初代勘右衛門くん」、及び「二代目勘太郎くん」を打ち上げる予定。(時事通信)